東洋医学には、上実下虚という上衝性疾患を表わす言葉があります。
人体は、全身を循環する経気の流れの中で、陰気は昇り、陽気は降りることで体調のバランスが保たれています。
上実下虚とは、気血が下焦から上焦に衝き上がり、上焦部にさまざまな病変を引き起こすことであり、関連して下焦にも虚的病変をもたらします。
本来、陽気は昇り易く、陰気は降り易い性質があるため、陰陽のバランスが崩れると、陽気は上焦に昇ったまま下降しなくなり、陰気は下焦に滞ります。
即ち、上焦が実して下焦が虚し、上実下虚となるというわけです。
具体的な症状として頭痛、肩凝り、めまい、耳鳴り、難聴、眼疾、首(頚項部)、肩の凝り、痛み、のどの詰まり、声がれ(嗄声)、不眠など様々な症状を引き起こします。
またイライラ、怒りっぽくなる、鬱(うつ)、不定愁訴など精神症状を伴う事も少なくないのです。
他方、これと関連し、中・下焦には、下痢、便秘など消化器の変調や下腹の痛み、冷え、生理不順、腰痛、上、下肢痛などの筋性疼痛も併発します。
原因として考えられるのが、精神過労(ストレス)との関わりが強いためであり、現代ストレス社会の世情を反映しています。現代人は、ほぼ「上実下虚」の体質であると云っても過言ではありません。
東洋医学では、これらの基本証を肝虚証と称します。(但し臨床では、脾虚肝実、肺虚肝実を呈することが少なくないのです。)
次に、東洋医学の治療法を以下に示します。
上実下虚による肝疾治療の主眼は、
①先ず、本治法として肝虚胆実を基本とする脈証を整え、平に導く。
②本病の特質である頚項部の緊張、硬結を緩解させ、同域に流注する経絡(気血)の滞りを
ほどく。
特に胸鎖乳突筋の前縁、後縁を丹念に押圧し、硬結、圧痛を確かめ、刺鍼する。
天容、天牖、天窓、扶突あたりに反応が多い。
因みに、頚項部には、手足の全陽経が流注する。
胸鎖乳突筋には、三焦経、小腸経、大腸経、胃経が横断し、肩上部に胆経、項部に膀胱経
が流注する。
同域には上から、少陽、太陽、陽の順に陽経が流注している。
③そして全身の病症に関わる標治法を実施する。
亡き我が師の教えに、「経穴(ツボ)治療ではなく、全体の流れを考え経絡治療をせよ。」
との教えは、まさにこの事を云っているのだろうと思うのです。
また、古典の『黄帝内経』によれば、上実下虚という陰陽論と肝疾(肝虚陽実)による上衝
性疾患の病症に関して適用、記述されている箇所が随所にあらわれます。
(例)
「徇蒙招尤、目冥耳聾、下虚上実、過在足少陽厥陰」
(『素問』五蔵生成編)
「来疾去徐、上実下虚、存厥癲疾」 (『素問』脈要精微論編)
その他多数
「内経」医学が、現代病を肝疾として対処する学理、鍼法をその古典を通して、後世の我々
に伝え遺してくれていることに、驚きを禁じえません。