スペイン風邪と今

コロナ感染の勢いがなかなか止まりません。9月の札幌行き、奈良行きは諦めた方が良さそうです。

9月どころか、今年は飛行機、新幹線の旅は控えた方がと悲観的になります。

 

第一次世界大戦中に流行したスペイン風邪、2年で世界人口の3分の1が感染、死者は4千万人とも5千万人とも云われますが、調べてみると驚くほど現在の様子と似ていることが分かります。

スペイン風邪という名称から、ヨーロッパでの感染被害が酷く、日本ではそれ程でもなかった印象でしたが、そうではありませんでした。

当時の日本の人口5500万人に対し約2380万人が感染したとされて、そのうち死者が約39万人です。

f:id:kumacare:20200722150431p:plain

日本のスペイン風邪 患者数と致死率の推移

1年ごとに1918年から1920年まで3波あり、1波が2120万人と圧倒的に多く、2波は致死率が6.3%とはね上がっています。

 

スペイン風邪は、1918年1月から1920年12月までに世界中で5億人が感染したとされ、これは当時の世界人口の1/4程度に相当します。死者数は1,700万~5000万人と推計され人類史上最悪の感染症の1つです。

 

諸説ありますが、スペイン風邪の起源はアメリカのカンザス州での基地というのが定説で、近年の研究により、H1N1亜型インフルエンザウイルスによるものと判明しています。当時の研究者や医師らは、当時の光学顕微鏡で見ることが出来なく「細菌」だと考えていました。

 

当時の日本政府や自治体は、内務省を中心に当時の感染にいち早く対処しました。

1919年1月、内務省衛生局は一般向けに「流行性感冒予防心得」を公開しています。

出典:「第五章 我邦ニ於ケル豫防並救療施設 第二節 本省ニ於ケル施設」『流行性感冒』、国立国会図書館デジタルコレクション

f:id:kumacare:20200722150608j:plain

『流行性感冒』表紙

f:id:kumacare:20200722150757j:plain

流行性感冒予防心得(はやりかぜよぼうこころえ)①はやりかぜは如何にして伝染するか、②罹らぬには

f:id:kumacare:20200722150840j:plain

③罹つたなら、④此外気を付くべきことは

そして、流感予防について

f:id:kumacare:20200722150919j:plain

1.近寄るなー咳をする人に

2.鼻口を覆へー他の為にも、身の為にも

3.予防注射を―転ばぬ先に 

4.含嗽(うがい)せよー朝な夕なに

 

そしてポスター類です。 

f:id:kumacare:20200722150957j:plain

「テバナシ」に「セキ」わされては堪らない ハヤリカゼこんな事からうつる!

f:id:kumacare:20200722151028j:plain

恐るべし「ハヤリカゼ」 マスクをかけぬ命知らず!

f:id:kumacare:20200722151102j:plain

含嗽(うがい)せよー朝な夕なに

f:id:kumacare:20200722151159j:plain

マスクとうがひ

f:id:kumacare:20200722151244p:plain

悪性感冒 病人は成るべく別の部屋へ

基本的には「マスク着用」「患者の隔離」「うがい」など現在の新型コロナ禍に対する対処法と同様の認識を当時の政府が持っていたことが分かります。

ただ手洗いの励行と消毒が入っていません。また内務省が推進した予防接種は無意味でした。病原体がウイルスであることすら知らない当時の医学は、北里研究所などが開発した予防薬を注射させる方針を採ったのです。現代の医学から考えられませんが、当時の技術では限界でした。

f:id:kumacare:20200722151406j:plain

予防注射で宿のなくなる風乃神

コロナ禍では、日本でも著名な方が亡くなっておりますが、100年前のスペイン風邪でも、2人の著名な男女に悲劇が起きています。劇作家の島村抱月と女優の松井須磨子です。

スペイン風邪に最初に感染したのは、須磨子で、1918年10月末のことです。島村は、須磨子を看病し感染。須磨子は徐々に回復しましたが、島村は、呼吸が困難となり死去。2カ月後に、松井須磨子後追い自殺したのです。

国民はスペイン風邪の恐ろしさを知り、当時の新聞では、この2人の話題で持ちきりでした。2人は最も有名な不倫カップルだったからです。

島村抱月47歳、松井須磨子33歳でした。

f:id:kumacare:20200722151534j:plain
f:id:kumacare:20200722151545j:plain
劇作家の島村抱月と女優の松井須磨子

 

それから「3密」ですが、コロナの集団発生を防ぐためのぴったりの言葉ですね。

どなたが考えたのでしょうか、小池さんから初めて聞きましたが。

確かに3つの避けるべき密(密閉・密集・密接)を守っておけば感染は拡大しません。何でも三つに括ることが好きですが、これは昔も同じです。

そもそも「密」とは、空海がひらいた真言密教の教えです。空海弘法大師はここにも登場してくるのです。

f:id:kumacare:20200722152233j:plain

弘法大師空海 持っているのは三鈷

具体的には、「身密(しんみつ)・口密(くみつ)・意密(いみつ)」の3つを合わせて三密といいます。
身密(しんみつ)とは、身体・行動
口密(くみつ)とは、言葉・発言
意密(いみつ)とは、こころ・考え

についての教えですが、難解過ぎて中身は分かりません。

 

話はスペイン風邪に戻りますが、アメリカのマスク着用についてのやり取りがありました。

神奈川県大和市が、全国初の感染症を拡大させないため、「大和市おもいやりマスク着用条例」を制定しましたが、スペイン風邪のときサンフランシスコ市が、いち早くマスク着用条例を制定したのです。
サンフランシスコ市は、新聞に一面広告を掲載し「マスクをつけて自分の命を守ろう!」「ガーゼマスクはインフルエンザ予防に99%有効です」などと市民に呼び掛けました。サンフランシスコ市赤十字社は、サンフランシスコの市民全員分のマスクをいつでも作れるように準備しました。

f:id:kumacare:20200722152007j:plain

マスクを販売する赤十字女性職員

市の責任者は、2カ月間はマスク着用を続けるべきだと考え、学校は休校、娯楽施設の閉鎖命令が出て、感染封じ込めが最優先されたのです。

しかし、第一次世界大戦で、連合国側が勝利しマスクの着用からも解除され、感謝祭は例年以上に沸き、公立学校も再開され、サンフランシスコ市はスペイン風邪の終息を宣言しました。

しかし、それもつかの間、患者数が再び、静かに上昇し始めたのです。

 感染拡大防止か、経済かと現在と同じテーマに、サンフランシスコ市は結局、感染拡大を止めることができず、その後、半年で5万人が感染し、3500人が亡くなったのです。

 

このように、感染拡大の数字が少し落ち着いたからといって、警戒を解けば、ウイルスは恐ろしく、しぶといことは歴史が証明しています。

現在の状況がよく似ており、政府の政策が、またもGo To トラベルで混乱しております。コロナ収束は、間違いなく政治のリーダーシップが問われています。

                              おわり