前回の南極犬タロとジロの物語『その犬の名を誰も知らない』について、書き足りない事があるので今回続きです。
それは、人間と犬の関係に関わる飼い主との別れについてです。
「ベック」の話。
一次越冬隊は、初の南極犬ゾリ探査に出かけるのですが、調子の悪いベックを置いて行くことにします。
出発直前に犬係の北村氏がベックの様子を見たとき、横たわったままワン、ワンと激しく吠え、ソリを引きたくてアピールしていました。
翌日夕方、犬ゾリ探査は終わり、基地に帰って来ます。北村氏は、ベックの部屋に走ります。
そしてベックをさすり続けますが、回復せず夜に息をひきとります。4歳半で一次越冬隊初の犠牲犬となったのです。
ベックは最後の力を振り絞り、北村氏の帰りを待ち、顔を見て安心して亡くなったと思います。
そして「テツ」の話です。
その後犬ゾリ探査で未踏峰ボツンヌーテンに行きます。
登頂に成功した帰り、ホワイトアウトに遭うなど苦戦した時、「テツ」という犬が、明らかに遅れ始めました。
テツは、リーダー犬リキと同じ歳の7歳で老犬です。
この時、北村氏は、疲れとストレスからかテツを激しく罵倒しました。
「テツ!お前はダメ犬だ。」「疲れているのはお前だけじゃないぞ。リキを見ろ。お前と同じ歳で一番頑張っているぞ。」罵倒が止まらない。
北村氏もなぜ感情を爆発させたか分からなかった。
テツをソリから外し、犬ゾリを再び走り始めました。テツは勝手に追ってくるだろうと思いましたが、テツは同じ場所に座ったままなのです。
再び「テツ、すねているんじゃないよ。」と叱った。
だがテツが歩き出したのは、もと来たルートを戻り始めたのです。
やっと感情的になりすぎたことに気づいた北村氏は、「お前もよく頑張った、本当に俺が悪かった。俺はお前にいて欲しい。戻ってきてくれ。」
一歩、一歩テツは戻ってきて北村氏は、安堵しました。
気が付くと目の前にテツの顔があり、北村氏の顔をなめていたのです。
北村氏は、カラフト犬を叱るとき、棒で鼻面を思い切り殴れと調教師に教わり、不快な事でしたがソリを操るためそうしました。
この件があり、北村氏の犬に対する考え方が変わったのです。
「お前をダメな犬と決めつけたわたしが悪かった。やはり犬にも意思があり、感情もあり、そして自尊心もある」と気づきます。
彼らの能力を引き出すのは、力ではなく心こそ必要なものであると。
これが人間と犬との信頼関係であると思います。
そして一次越冬隊の最後の探査に行くのですが、テツは体調が極めて悪いため基地に残ります。
出発から2日目、テツが危篤状態であまり長く持たないとの連絡が北村氏に入ります。
地図作成を主眼とする探査が順調に終わり、昭和基地に帰還しました。
ベックの事が北村氏の脳裏によみがえり、悪い予感がしましたが、テツは生きていたのです。
テツは、北村氏に尻尾を振り、手をなめ、ドッグフードを与えると少し美味しそうに食べ、北村氏を安心させました。
しかし、その夜テツは息をひきとったのです。
やはりこの時も、北村氏を待ってから亡くなったのです。
この2頭の死は、辛い、せつないものでしたが、ベックとテツの死は、最後の不思議な力により北村氏が戻るのを待ち、安心して死んでいったのです。
わたしは、柴犬で似たような経験をしています。
もう10年以上前の事でした。ネパールに、鍼灸による医療ボランティアに行ったときの出来事です。
以下、当時会の発行紙に書き残した記録の抜粋です。
「待っていた愛犬チロ」
「ヘルスキャンプ行きを、決めたときから気になっていた。17歳の老犬チロのことである。
この半年くらいでめっきり衰え、日増しに全ての機能が失われていく感じがしていた。出発の頃は、歩行もままならず、食欲も無く更に衰えていた。
ネパール行きの10日間くらい元気に違いない、と自分に言い聞かせ旅立った。
出発3日後に家に電話したときは、元気だとのことで一安心した。
ところが次の日に電話したところ、状態が悪化してしまい、一人では動けなくなっていたのです。
床ずれが出来て、病院に連れて行ったときは、もう一日ともたないかもしれない、と云われたそうだ。
それから四日間、わたしが帰ってくるまで頑張っていたのです。
痛み止めのモルヒネを打ちながら、妻と娘と息子の必死の看病で。家族もわたしが帰って来るまで、なんとか、もつように祈るような気持ちだったと思います。
チロも、頭を上げて、辺りを見渡し、わたしを探すようなしぐさをしていたのです。
わたしの帰る前日は、餌を頑張って食べていたようです。
必死にわたしが帰ってくるまで、頑張ろうとしていたのです。
遂にわたしが家に10時半頃到着しました。
横たわったチロは目を開けており、チロ、チロと呼びかけると、いぶかしげに、何事も無いかのような顔をしていた。
ああ大丈夫だ。良かった。よく頑張った。チロありがとう。見つめるうちに、わたしを探すように何度も首をもたげ、回した。
そして安心するかのように、目を閉じて眠ったかのように見えた。
そして2時間くらいたった後、水を与えようとして体を持ち上げて、水を飲まそうとするが、どうも反応が無い。
チロ、チロの呼びかけにも答えず、段々体が固まっていくようだ。
そんな、今まで頑張ったのに、チロ、もう一度頑張って、の願いも空しく、遂に口から液体を出し、固まって、二度と息を吹き返すことは無かった。
こんなに早く逝くとは思わなかった。本当に、わたしを待ってくれていたのだ。顔を見て力尽きたのだ。ありがとう。本当にありがとう。涙が止まらない。
心配していた家族も仕事先から、ぞくぞく電話がかかってきた。
涙で死を伝えられない。必死に看病し、心配していた家族にも本当に感謝である。
チロはまるで眠っているように、安らかな顔で天国にいったのです。
本当に、みんから愛され、素直なこころを持ち、私たち家族の心の安らぎとして、支えてくれた17年間は、本当にどれだけ癒されたか。
チロありがとう。見守っているよ、もう安心して眠りなさい。」
2009年のネパール、ポカラの医療ボランティアにおける悲しい出来事でした。
現在飼っている柴犬チロリは、チロとは性格が正反対で全然云う事をきかなく、マイペースでいたずらばかり。そのくせ人間への依存度が強いのです。
いつも、のほほんと暮らしており、幸せホルモン全開です。
南極に行ったら案外頑張るかも。
おわり