緊迫するアフガニスタン情勢

 アフガニスタン情勢が再び厳しさを増しています。米軍の撤退によりタリバンが、全土を一気に制圧し、それに呼応するように他の過激派の自爆テロなどにより混乱を極めた形になっているからです。

アフガニスタンは、中央アジアと南アジアの交差点に位置する山岳地帯の内陸国です。

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アフガニスタン周辺地図

 パキスタンやイラン、トルクメニスタンウズベキスタンタジキスタン、中国と国境を接しています。1994年頃からイスラムへの回復を訴えるタリバンが勢力を伸ばしましたが、2001年より米国同時多発テロ事件を機としてアルカイダタリバンに対して軍事行動がなされ、タリバン支配地域を奪還しました。

2004年1月には新憲法が制定され、2014年にはアフガニスタン史上初の民主的な政権交代が実現しました。じゅうたんやレーズン、羊毛などを輸出していますが、不安定な治安状況により経済は厳しい状況です。(出典:外務省、国・地域、アフガニスタン基礎データ)
 現在の状況は、結局タリバンが権力を掌握し、20年前に戻った感じです。タリバンと云えばマララさんを銃撃、あるいはバーミヤン石仏を爆撃したりする過激な出来事を思い起こします。 

 マララさんは、2014年にノーベル平和賞を受賞していますが、15歳の時、武装勢力パキスタンタリバン運動 (TTP)に銃撃を受けました。

奇跡的に回復しますが、TTPは「女が教育を受ける事は許し難い罪であり、死に値する」と正当性を主張したのです。

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マララ・ユスフザイさん(24歳)

 現在、アフガニスタンで活動しているタリバンパキスタンのTTPとの関連は分かりませんが、女性に対しては教育を受ける権利を奪うなど思想は同じで本質は変わらないと思います。

 また、タリバンは、仏教石窟などがイスラム教で禁じられている偶像崇拝につながるものとしてバーミヤンの石仏を破壊しています。

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一部破壊する前のバーミヤンの石仏

 アフガニスタンには、4~6世紀に建立されたとされる中部バーミヤン市の巨大石仏仏教彫像を中心に数多くの貴重な世界的文化遺産を有しています。しかし、遺産の多くが修復されることもなく破壊の危機に晒されています。

 

 それでは、タリバンとは一体何者なのか、またアフガニスタンのその他のイスラム過激派について整理してみます。

タリバンは、1979年にソ連アフガニスタンに侵攻したのがきっかけで出来た組織です。当時、ソ連は、アフガニスタンアメリカを中心とした自由主義陣営に取り込まれるのを防ぐ狙いがあったのです。

そこで起きたのが反ソ聖戦です。ソ連に侵略されたアフガニスタンを助ける、という旗印の下、アラブを中心にイスラム社会全体から義勇兵アフガニスタンに集まりました。タリバン結成の起源はここにあります。

タリバン義勇兵の中心を担ったのは、イスラム神学校で教育・訓練された学生たちです。アフガニスタンで最大の人口を持つ民族のパシュトゥン人で構成されています。(アラビア語タリバンの意味は「学生たち」)

 つまり、タリバンは元々アフガニスタンに住む人々が中心となった土着のイスラム過激派組織なのです。

 因みに、1979年ソ連侵攻の翌年は「モスクワオリンピック」ですが、米国の呼びかけで西側諸国、日本もボイコットしました。

 そして、気になるのは、タリバン以外の他のイスラム過激派の存在です。タリバンとも敵対する「イスラム国ホラサン州」という組織があります。今回、タリバンアフガニスタンを制圧したころ、空港付近で自爆テロを起こし混乱に拍車をかけた組織です。

イスラム国ホラサン州は、タリバンを離脱した過激隊員が主軸で、イスラム主義勢力内でタリバンの最大の敵対勢力です。

 イスラム主義武装勢力イスラム国」(IS)が猛威を振るった2015年、アフガンの支部として結成され、アフガンでも最も極端で暴力的なテロ武装集団と云われています。

彼らはここ数年間、女子学校や病院を攻撃し、自爆テロや銃撃テロを繰り返しています。根拠地は、アフガン東部のパキスタン国境地帯のナンガルハールで、同地域の麻薬密売と関係があり、資金も豊富のようです。

 そして、タリバン内の1派で最強硬派として目されているのが「ハッカーニ・ネットワーク」です。タリバンイスラム国ホラサン州は、アフガン東部で直接衝突しましたが、両勢力の間の連携性が完全に遮断されたわけではありません。

この「ハッカーニ・ネットワーク」がそのつなぎ役として知られています。ハッカーニ・ネットワークは、タリバン内でも国際的なテロネットワークが強い勢力で、早くからアルカイダとも緊密な関係を結んでいます。また、パキスタンに対しては、政府施設や軍への攻撃を行っておらず友好関係が保たれているという組織です。

そして、アルカイダです。この組織もまたソ連・アフガン戦争中の1988年、ソ連軍への抵抗運動に参加していたウサマビンラディンらによって結成された組織です。

 2001年にアメリカ同時多発テロ事件を起こしています。これによりアメリカが「9.11事件」以降、世界中のイスラム過激派を壊滅させる徹底的な攻撃で、アルカイダは壊滅的な打撃を受けたのです。

 しかしここで、アルカイダは、組織が生き延びるために大きく変貌します。インターネットを利用して「組織なき組織」に変わるのです。中枢組織や指揮命令系統を有していると、アメリカに狙われ易くなるということで、それらをなくし、アルカイダはいわば一種のイデオロギーになったというわけです。

 インターネットがあれば、明確な組織がなくても、アルカイダにアクセスでき、イデオロギーを共有できるからです。

つまり、アルカイダイスラム主義という共通のイデオロギーの下に、世界中のイスラム過激派組織が連携する、明確な組織を持たない国際的なネットワークに変貌したのです。

ウサマビンラディンは1988年に組織を立ち上げ、2011年にアメリカにより殺害されています。

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ウサマビンラディン

 タリバンは、以上の国内のイスラム国ホラサン州、ハッカーニ・ネットワークそしてアルカイダ、また周辺国のパキスタン、トルコなどと対抗しなければなりません。

 それでは、今後アフガニスタンはどうなるのでしょうか。

現在、タリバンは、新政権樹立に向けた動きを加速させる構えで、崩壊した民主政権側の幹部らを登用した新政府を近く発足させると伝えられています。

 また、「旧政権の関係者含めて全員を恩赦する」ことや、「イスラム法の範囲内で、女性の権利を尊重する」ことを公式に表明し、「米国との良好かつ外交的な関係を望んでいる」とも云い、穏健な姿勢を見せています。

イスラム主義勢力タリバンの最高指導者は、ハイバトゥラ・アクンザダ師です。

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ハイバトゥラ・アクンザダ師

 タリバンが本拠とする南部カンダハル州出身の宗教学者で、60歳前後とみられ、その経歴には謎が多く姿を見せない人物です。イスラム法に基づく宗教見解(ファトワ)を数多く発し、「聖戦」を正当化する理論的支柱になっています。

 

 結局、アメリカのアフガニスタン統治は、多くの犠牲を払い、再びタリバンに渡り20年前の状態に戻ってしまいました。

しかし、タリバンの統治能力、多額の資金確保、先に述べたイスラム国ホラサン州などのイスラム過激派との対峙等々問題は山積しており、予断は許しません。

国際社会は、新政府による統治がどのようなものになるか、固唾を呑んで見守っています。

 そして、新疆ウイグル自治区イスラム過激派組織「東トルキスタンイスラム運動」を抱える中国の動きも不気味です。シルクロードの一部をなす経路、ワハン回廊を巡る動きが表面化するかもしれません。長くなりますのでこの件については別の機会で。

                             おわり

追記

 アフガニスタンに関係ある人物として、中村哲医師を忘れてはいません。

1984パキスタンペシャワールに赴任、貧困層の診療を開始されました。1986年からはアフガン難民のための事業を設立し、PMS基地病院をパキスタンペシャワールに建設。以後、アフガニスタンパキスタン両国において地域医療に尽力されました。
 2000年以降は、アフガニスタンの灌漑事業に着手され、戦乱と干ばつで荒廃した大地を次々と緑の農地に変え、この地域で生きていけるようになった人々は65万人にも及びます。

 しかし、2019年にアフガニスタン東部・ジャララバード市内で何者かの銃撃を受けて亡くなられました。

パキスタンアフガニスタンで30年以上にわたり活動を続けてこられた中村哲医師は、偉大な功績を残されました。あらためてお悔やみ申し上げます。