近隣寺社散策 医王寺、竪神社 (2)

 今回もわたしの住居に極近い、東京都稲城市の寺院と神社です。天台宗寺院の医王寺は、山号を国宝山、院号を甘露院と号します。

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医王寺の寺号標

 宝永年間(1704~11)、当時村内に流行した疫病の多いことを憂い、一村民が平癒祈願のために、薬師如来を本尊に奉り開創されたと伝えられています。大正12年(1923)の大火により本堂、古文書なども焼失し、詳細な由緒は不詳です。

 新編武蔵風土記稿よりますと、一向宗浄土真宗)であった寺院を僧英順が元文2年(1737)に天台宗寺院に改めて開山したと伝えられています。

 現在、多摩川三十三観音霊場第二十三番札所及び関東九十一薬師霊場第二番札所になっています。

御詠歌は、「大丸の 甘露の清水 ありがたや 松の葉越しの やとがわの寺」です。

境内に入りますと、正面に本堂がありますが、その左に不動明王の巨像が目に入ります。

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不動明王像 

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不動明王像と本堂

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本堂

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本堂の扁額 山号の「国宝山」

 本堂前の中央に伝教大師像、守るように十二神将が左右に配置しています。また伝教大師の童形御尊像もあります。

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十二神将

 

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伝教大師の童形御尊像 胸に抱いている像は何でしょうか。

 本尊の薬師如来は、木彫坐像で2尺6寸(約79cm)、脇侍の日光、月光両菩薩、眷族の十二神将共に宮殿厨子内に安置されています。

 御朱印は、国宝殿で副住職から戴きましたが、本尊の厨子の御開帳は無いようです。国宝殿の玄関には、慈恵大師のお姿を護符にした魔除けの「角大師」が飾られています。

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角大師 天台宗の寺院にはよく見かけます。

 御朱印です。薬師如来を一文字で表す時に書く梵字は「ベイ」で、御朱印の中央上に書かれています。

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御朱印 

参考:医王寺ホームページ

 

 次に、家から歩いて2,3分の極近いところに小さな神社があります。「竪(たて)神社」という雷神を祀る神社です。江戸時代に地域の安寧、五穀豊穣を祈って建立されました。

 この地域は、多摩丘陵を切り開いて出来たニュータウンですが、ここに昔ながらの神社があるとは不思議でした。おそらく昔は里山で、かつては多摩丘陵の豊かな森に囲まれ、その中に祀られていたと思われます。

 創建時期を明記した史料は存在していませんが、本殿の礎石に「宝暦十四年願主松本権之丞建立」(1764年)とある為、これが創建の年と考えられています。

 現在の本殿は、明治時代の中期に建てられました。拝殿は、明治21年(1888)に建造されましたが、平成10年に新築されています。

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竪神社の鳥居

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拝殿

 尚、神社の境内は、縄文期から平安期までの集落・製鉄遺跡の竪台遺跡に隣接していますが、遺跡との関係は不明です。

参考:稲城市の説明看板およびホームページ

                                                                                               おわり