日本犬のルーツと『高安犬物語』

 長年、柴犬を飼っていると、日本犬のルーツを知りたくなります。イヌの祖先は、やはりオオカミとする説が一般的です。約1万5千年前に中近東でオオカミが家畜化し、それがアジア、ヨーロッパ、アメリカの順番に広がったという説が有力とされています。

 日本列島には、縄文時代のイヌの骨が出現します。日本列島におけるイヌの起源は不明ですが、動物考古学者の西本氏は、縄文犬が南方の東南アジアを起源とし、南方系の縄文人に連れられて日本列島に導入されたとしています。

f:id:kumacare:20220323101445j:plain

縄文犬の頭骨

 現生の日本犬では、北海道犬琉球犬など本州から離れた場所にいる犬が、縄文犬の特徴を強く受け継いでいると言われます。

日本列島では縄文時代から本州にニホンオオカミ、北海道にエゾオオカミが生息していましたが、1905年に目撃されたのを最後に確認されておらず、絶滅したものと見られています。

 このオオカミの家畜化については形態学的見地から否定されています。ニホンオオカミと縄文犬は、サイズが異なるのに対し、縄文犬と中国・朝鮮半島の古代犬は類似していることから、縄文犬は大陸由来と考えられています。

 日本犬とは、一般的に秋田犬、甲斐犬紀州犬、柴犬、四国犬北海道犬です。これらの6犬種は、国の天然記念物に指定されている日本犬種です。

その他の現存している日本犬種は、琉球犬、川上犬、岩手犬、美濃犬など10数種おりますが、いずれも個体の保存のため、大変な努力が続けられているようです。

 しかし、絶滅した日本犬種も多数おります。薩摩犬、津軽犬、仙台犬など20種以上おりますが、その中に山形県の高安犬(こうやすいぬ)がいることが目に留まります。かつて、読んだ本の『高安犬物語』という小説を思い出しました。

 作者は、戸川幸夫という動物文学を確立した方です。イリオモテヤマネコを1965年に発見し、新種発見に大きく貢献したことでも知られています。

f:id:kumacare:20220323101715j:plain

『高安犬物語』小学館

 戸川氏自身の山形高校時代の実体験を元にした半自伝的小説です。再度読み直して見ました。高安犬は文字通り、山形県高畠町高安地区に生息していた狩猟犬です。

f:id:kumacare:20220323101928j:plain

『高安犬物語』の舞台

 あらすじは、戸川氏自身が「私」という物語の語り手となって登場します。

昭和初期に、「私」と学友の尾関、日本犬の同好仲間であるパン屋の主人「木村屋」とで米沢に純血の高安犬を探しに行きます。しかし、当時すでに混血が進み、純血の高安犬は絶滅に瀕していました。

諦めず「私」が捜索し、和田村で見つけます。ぴんと立った耳、犬張子のように張った胸、逞しく巻き上がった尾、きっと正面を見据え刺すような瞳、悠々と力強く歩く犬を見た瞬間、これこそ長い間探し求めていたものだと感じる。この犬が「チン」だったのです。

f:id:kumacare:20220323102026j:plain

最後の高安犬 「チン」

 それは熊猟に一生を懸けている、吉蔵という猟師の飼い犬でした。気難し屋の吉蔵は、全く取り合おうとしなかったが、「私」は熱心に吉蔵のもとに通いつめます。

やがてチンがポリープを発症したため、「私」は吉蔵を説得し、手術費用を出す代わり、木村屋がチンを引き取ることになります。しかしながら山形市に連れて来られたチンは間もなく隙を見て逃げ出し、和田村の吉蔵のもとに戻ってしまいます。

この時、新聞に懸賞付きで捜索願を出しています。

f:id:kumacare:20220323102151j:plain

懸賞 尋ね犬

 結局、手術は吉蔵を伴って行われ成功します。この手術を境にチンは「私」たちにもなつくようになり、結局、木村屋で飼われることになります。

 その後のチンは、東北闘犬界の横綱土佐犬「頼光」と散歩で出会い倒したり、ダムに落ちた子供を救い出したりします。このニュースは新聞でも取り上げられ街の英雄ともなったのです。

「私」は、チンの由緒正しい血統を後世に伝えようとしましたが、チンにふさわしい若い妻を迎えることは不可能でした。

 そして、チンはフィラリアに倒れあっさり死んでしまいます。「私」と木村屋は、最後の高安犬の姿を永久に残そうと、剥製作りを依頼しますが、不出来で、とても後に残せるものではなかったのです。「私」と木村屋は、故郷の和田村にチンの剥製を葬ることを決意します。

 この作品は短編小説ですが、戸川幸夫氏は、直木賞を受賞しています。

戸川氏が本文で書いていますが、「私が高安犬に強く心を惹かれたのは、一口にいえば、滅びゆく種族への愛惜にほかならない。愛惜というより、この種を滅ぼしてはいけないという叫びたい念願だった。」と云っています。本当に動物愛が強かった方と思えます。

 尚、『高安犬物語』の舞台になった高畠町に、「犬の宮」という神社があります。安産と無病息災の神としても知られ、犬を祀っている社としては全国でも珍しく、愛犬の健康と供養に訪れる人も多いようです。一度訪れて見たいものです。

f:id:kumacare:20220323102649j:plain

犬の宮

参考:山形県高畠町HP

『高安犬物語』戸川幸夫小学館

                      おわり