東京都新宿区「東長谷寺薬王院」歴史と自然の調和

 西武新宿沿線の寺社散策が続きます。下落合駅から「下落合氷川神社」、「東山藤稲荷神社」を参拝し、次に向かったのが歩いて数分の所の「東長谷寺薬王院」です。

 

長谷寺薬王院

 山号: 瑠璃山

 院号薬王院

 寺号: 医王寺

 宗派: 真言宗豊山派

 本尊: 薬師如来

 創建:鎌倉時代

 開山:願行上人

  御府内八十八ヶ所霊場36番札所

  豊島八十八ヶ所霊場36番札所

 

長谷寺薬王院の縁起

 真言宗豊山派の寺院で、瑠璃山薬王院医王寺という。また東長谷寺ともいう。開山は鎌倉時代相模国大山寺を中興した願行上人という。その後兵火に遭い荒廃したが、江戸時代の延宝年間(1673~81)実寿上人が中興し、元文年間(1736~41)火災により焼失し幕末にいたった。
 現在の庫裡は明治11年の再興である。本尊は薬師如来。境内には石造品が多く、江戸時代初期、寛永年間(1624~44)頃からの墓石も多い。また本寺には、中世の板碑が8点保存されている。徳治2年(1307)、建武5年(1338)、貞治6年(1367)の3枚は、保存状態も良く貴重である。
           (新宿区の文化財より)

 

新目白通り」に薬王院の看板があります。

 

山門

 そこから北へ参道が延び、山門に続きます。

 

 山門前の寺号標。「東長谷寺 瑠璃山 薬王院」と刻まれています。

 

山門です。

 

 左右の木の扉にはそれぞれ「瑠」「璃」の文字、牡丹が彫られています。

 

 左右の木鼻も見事です。

 

 山門を潜り参道は続きます。本堂は、真っ直ぐではなく左方向の高台にあります。

 

 山門に入って右手には「南無遍照金剛」と刻まれた角柱。基壇に「佐賀講」とあります。その左の小さな石塔は弘法大師霊場の石塔です。

 

その左の宝篋印塔は、宝暦9年(1759)に建立したものです。

 

参道を進みます。

 

 左手に句碑です。富安風生の句碑「中空に日のとどまれる牡丹かな」。

 

 穏やかな顔の弘法大師像もありました。

 

 本堂が見えて来ました。参道は左へ向かいます。本堂の前には全部牡丹の葉がいっぱいです。春先は花がいっぱいのことでしょう。

 

 本堂の左方向に上り道があります。その手前には舟型光背型の見事な庚申塔です。青面金剛と邪鬼、二童子、下に三猿が見えます。

 

左側の参道を上がります。

 

石段の途中に「六地蔵」が並んでいます。

 

途中の本堂の右側の絵。

 

 石段はまだまだ続き本堂正面へ。

 

 石段はまだ上部に続きますが、右側が本堂正面です。

 

本堂の左側とその奥。

 

本堂屋根中央の鬼瓦。

 

 本堂で参拝した後、更に石段を上ります。途中のお地蔵さんたち。

 

更に上ると無縁仏の石仏群。

 

 如意輪観音などの石仏。享保、宝暦などの文字が見られ17,18世紀の江戸時代のものと見られます。

 

観音堂と堂内の観音像と童子

 

 一番上部には墓所となっており、藤棚がありました。

 

 それからもと来た石段を下り、庫裡にて御朱印を頂きました。

庫裡。

 

薬師如来御朱印

 

おわりに

 今回は「薬王院」の探訪でしたが、これ程古刹であり緑の多い寺院とは思いませんでした。新宿区でありながら「懸崖造り(けんがいづくり)」の本堂があるとは誰が想像出来るでしょうか。崖の地形をうまく利用しています。江戸時代の延宝年間に中興した実寿上人の発案で実行され、その後の何度の戦災にも復興したように想像されます。懸崖造りは、スケールが圧倒的な奈良長谷寺本堂、京都清水寺本堂などが有名です。

 この寺院は、牡丹の名所として有名ですが、総本山でもある奈良長谷寺から100株の牡丹が移植されたのが、今や1,000株にまで増えたことで、「牡丹寺」とも呼ばれています。4月中旬から5月下旬が見頃のようなので、今度機会を見て訪れたいものです。しかし、牡丹だけでなく、梅や桜、ツツジ、藤棚などの樹々が手入れされています。

 いずれの季節にも都心新宿区、最寄り駅から徒歩圏内で一見の価値がありそうです。

境内には緑とともに多数の石仏、庚申塔、墓石があるなど深い歴史を物語っているようでこれにも興味を覚えました。有難う御座います。

                                以上