東京国立博物館における重量級の展示会は、7月の聖徳太子1400年遠忌の特別展に続いて、最澄の1200年遠忌ということで、今回も見逃せません。何十年に一度の展示会ではないでしょうか。
いつもの通り、上野駅公園口から行くのですが、1ヶ月前とコロナ禍の状況は様変わりの様相です。閑散としていたのが、一変して人の群れです。東京もこのところ感染者が2,30人と極端に減少していますが、その反動が怖いです。
コロナ禍で予約制が続いていますが、スマホアプリ「美術展ナビ」は、何かと便利です。
さて、今回の最澄の展示会は、天台宗の歴史を時系列にたどる構成になっています。第1章の「最澄と天台宗の始まり」から「教えのつらなり」、「全国への広まり」、「信仰の高まり」「教学の深まり」そして「現代へのつながり」とそれぞれの章に関連する文化財の展示であり、学芸員の苦心の跡が伺えます。
京都、兵庫など近畿圏はもとより、全国各地の寺院などから国宝、重文を集めた努力は大変であったろうと想像され、正倉院展とは違った難しさがあると思います。
全体的に、洗練されてそつがない展示で、各地の寺院などから集めた国宝、重文などの仏像、仏画を配しており、特に、門外不出の秘仏が随所にあります。
また仏像より、仏画、曼荼羅などの絵画や巻物が多いのが目に付きます。
今月21日までの展示で、来年九州、京都と巡るようですが、印象的で、興味深かったものを幾つか紹介します。
最初のコーナーに国宝の「聖徳太子及び天台高僧像」という全10幅の肖像画の作品がありました。11世紀、兵庫の一乗寺蔵で、結構大きな仏画が10幅並んでいて壮観です。現存最古の最澄の肖像画や天台宗の開祖の天台大師、智顗(ちぎ)などです。
その他円仁など天台宗に関係する人ばかりですが、聖徳太子があったことに驚きましたが、聖徳太子は法華経の注釈書『法華義疏』を著わしています。
これが、法華経を根本経典とする天台宗の教えかは分かりませんが、おおいに関係あります。
智顗(ちぎ)の頭の上の重しが気になりますが、智顗と最澄はよく似ています。
展示場の平成館の大きな看板やパンフレットにある仏像ですが、両方とも薬師如来像です。門外で初の開帳となる秘仏でいかに「伝教大師1200年大遠忌記念」が重要な意味を持っているのかが分かります。天台宗の御本尊は、阿弥陀如来より薬師如来が多いようです。
あらためて天台宗についてですが、中国を発祥とする大乗仏教の宗派のひとつであり、法華経を根本仏典としています。入唐した最澄(伝教大師)によって平安時代初期(9世紀)に日本に伝えられ、京都の比叡山にある延暦寺で開いた宗派です。多くの日本仏教の宗旨がここから展開し、日本仏教の礎として、浄土宗の法然、浄土真宗の親鸞、臨済宗の栄西、日蓮宗の日蓮などの名僧を輩出しています。
話しは展示に移って、東の比叡山として江戸時代に創設された東叡山寛永寺の本尊・薬師如来像が両脇の日光・月光菩薩と併せて展示されており、これも秘仏です。
寛永寺の根本中堂は、東京国立博物館の直ぐ隣にあります。現在の東京国立博物館は、寛永寺本坊跡であり、博物館南側の大噴水は、根本中堂のあったところです。寛永寺の大伽藍は、幕末の戊辰戦争で灰燼に帰したのです。わたしは寛永寺根本中堂に7月に訪問していますが、ここで秘仏に会えるとは思いませんでした。
また、この寛永寺を創建したのが、慈眼大師の天海です。天海は、徳川家康から三代にわたり絶大な帰依を受け、江戸城の鬼門に東叡山寛永寺を創建し、比叡山延暦寺の復興造営に多大な貢献をしました。
今回、慈眼大師絵巻とともに、生前の坐像が展示されています。江戸時代の老いても迫力のある渾身の作です。
他に強烈なインパクトを与える仏像がありました。像高2m近い日本最大の肖像彫刻で50年に一度開扉される東京・深大寺の秘仏「慈恵大師(良源)坐像」です。
良源は、慈眼大師と同様、火災で甚大な被害を受けた比叡山延暦寺の復興の尽力した人物で、「延暦寺中興の祖」と呼ばれています。
寺の外に出るのは205年ぶりとのことです。
尚、慈恵大師(良源)は、元三大師の通称で広く親しまれていますが、坐像の胎内仏である「鬼大師(だいし)像」が、深大寺の釈迦堂で現在公開されています。205年前の文化13年(1816年)に公開されて以来、二重扉の厨子で保管されてきたのですが、コロナ禍の収束を願って公開されたようです。
深大寺の仏像は、もう1点この最澄展に展示されています。飛鳥時代7世紀の釈迦如来倚像です。ひときわ目を引く椅子に腰かけるような倚像(いぞう)という像は、珍しいのですが、飛鳥時代後期から奈良時代にかけて白鳳期に見られる形式です。
白鳳仏としてきわめて貴重な仏像で国宝となっています。
わたしは、以前深大寺で拝見したことがあるのですが、やや遠くに置かれて気がつかなかったのですが、右手第3、4指先が欠失していましたが、保存状態は良いようです。博物館ならではの、ぐるりと全体を間近に見えるので気が付きました。
そして、展示の最後のコーナー「全国の広まり-各地に伝わる天台の至宝」で、最澄が創建した延暦寺の根本中堂を再現しています。ここでは写真も撮れました。
根本中堂では、厨子扉の前に御前立ち、向かって右に梵天、左に帝釈天が並び厨子の側面を取り囲むように十二神将が左右に6軀ずつ配置されています。
十二神将は子神・丑神が展示され、3基並ぶ「不滅の法灯」は、現役を退いた先代の法灯と伝えられています。
まだまだ貴重なもの、寺院に出掛けても見ることが出来ない秘仏が多数ありましたが、このへんでおわりとします。
参考資料:東京国立博物館HP、深大寺HP、各種絵葉書、パンフレット、展示前のラ ベルなど