前回の新宿区の花園神社から北へ数分で「稲荷鬼王神社」に着きます。住所は歌舞伎町ですが、繁華街の外れにある静かなところです。
御由緒
江戸時代前期の承応2年(1653)に稲荷神社が創建されました。江戸時代中期の宝暦2年(1752)に紀州熊野の「鬼王権現」が勧請され、天保2年(1831)に合祀して、「稲荷鬼王神社」となっています。
尚、熊野の鬼王権現は現存していないため、「鬼王」の名を持つ日本唯一の神社となっています。
御祭神は、宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)
鬼王権現(きおうごんげん)です。
境内へ
繁華街を抜けると、突如鳥居が現われます。
社号標です。
鳥居に色々貼り紙がしてあります。その中に「千年前の川を渡る馬」の展示、「社会不安終息と世界平和の祈りとして」という内容のものがありました。
大きな馬の絵の幕を社殿回廊に設置しています、というものでした。後ほど社殿で見てみようと思います。
鳥居をくぐると左側に、うずくまった姿の邪鬼が、頭上に水鉢を乗せて頑張っています。
寺院でよく常香炉を三邪鬼が支えているのを見かけますが、これは一人で水鉢を頭で担ぐという珍しいものでした。
新宿区の有形文化財に指定されており、新宿区教育委員会の説明掲示板もあります。
参道を進みます。
阿吽の狛犬に特徴があります。真っ直ぐ正面の上を向いて座っている、という珍しい造形です。
拝殿
参道を真っ直ぐに拝殿に進みます。
先程の「千年前の川を渡る馬」の幕が、拝殿の正面に掛かっています。これは、アーティスト門馬美喜氏による作品で、コロナやウクライナ戦争の終息の願いを込めたものです。
拝殿の中でどなたか、宮司さんに相談されているような雰囲気でした。
この神社の社紋は、賽銭箱や拝殿正面扉に画かれているとおり「M結び折葉抱稲」、「左三つ巴」の二つの社紋があります。
拝殿の前にも阿吽の狛犬がいますが、非常に丁寧に面白く造られています。
左側の吽形の狛犬ですが、玉に噛み付く子を親獅子が抱えています。台座にも狛犬が彫られているという丁寧な造りです。
そして、右側の阿形の狛犬は、親獅子の髭に噛み付く子を、親獅子が抱えるというものです。
両方とも見応えのある良く出来た造形です。
拝殿の右側に水琴窟があります。
「稲荷鬼王神社の天水琴」という説明掲示板もあります。社殿の屋根からの雨水を利用しているようです。
拝殿の手前の左側に、新宿山ノ手七福神の一つ、境内社の「恵比寿神社」があります。
鳥居の扁額「恵比寿神社」の上に船が飾ってあります。
説明掲示板によると、福財が積まれた恵比寿船で、ご神歌を唱えると福徳、御利益が得られるようです。
恵比寿神社の祠です。
拝殿の左奥に社務所がありますが、その前の参道を行くともう一つ鳥居が見えます。
この参道の両側に富士塚(浅間神社)があり、「西久保の厄除け富士」として昭和5年(1930)に築造されたものです。元々は一つの富士塚でしたが、現在の富士塚は、参道で二分されています。
参道の左側ですが、亀岩という文字が見えます。
左側に屏風岩、碑文などもあります。
参道の右側に「眼球食鬼」という、不気味なカタツムリのような鬼がいました。人の眼を浄化し、人の眼を平癒し、人の眼を救済するというものです。
その鳥居を出て、裏参道を撮ったものです。両側に富士塚が見えます。
そして正面の鳥居から「稲荷鬼王神社」を後にします。後ろ向きの狛犬が見送ってくれているようです。
所感
稲荷鬼王神社は、小ぢんまりとした神社でしたが、穏やかで落ち着いた感じがしました。
そして、水鉢を頭で支える邪鬼、二対の狛犬、拝殿の川を渡る馬の幕、恵比寿神社など見どころが幾つもありました。しかも随所に説明書きがあり、分かり易い配慮があります。
古来、「鬼は悪慮を祓う」と云われ、全ての災禍を祓う力があると云われています。この稲荷鬼王神社の節分では「福は内、鬼は内」と唱える風習が残っているようです。
参考:東京都神社庁公式サイト
稲荷鬼王神社説明掲示板
おわり