空海への疑問 (続き)

前回の続きです。無名の空海遣唐使にどのようにして入唐できたかなどの話です。

 

(2)空海、海を渡り、阿闍梨あじゃり)となる。

空海は、官許がおりず、今回の24,5年ぶりの遣唐使船に乗ることは出来なかったのだが...。

今回の第16遣唐使は、500人近くなる4艘からなる使節団である。最澄もメンバーに入っている。

遣唐使船は、大阪湾から出航し、瀬戸内海、響灘、玄界灘から博多港に入り、五島列島を経て、東シナ海を一気に横断し揚子江下流域の中国沿岸を目指す。

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遣唐使船とルート

しかし、日本を離れて6日目に、激しい風雨に遭い遭難しそうになったため、4艘の遣唐使船は、筑紫をはじめ日本の入り江に避難した。命がけの渡航のため、取りやめる人も多く欠員補充が行われることになった。

空海にとっては、これが千載一遇のチャンスとなって入唐が可能になったのである。

しかし、一般の私費の留学生で20年の入唐を認めるということであった。最澄は、短期の国費留学生である。

サンスクリット大日経2,3年で学べる、20年とは長すぎると感じたであろう。

とにもかくにも出航し、順調に九州からすべりだしたが、案の定、暴風雨に見舞われ、結局空海が乗る船は34日間漂流し、予定地の蘇州から離れ赤岸鎮というところに上陸した。

それでも上陸許可が下りず、遣唐大使が嘆願書を書いたが認められず2カ月も経った。

文章を書くのが巧みな空海が、代筆して書いた嘆願書により、ようやく上陸が許され、長安50日かけてたどりついたのである。

最澄の乗った船も明州に流れ着いたが、天台宗の法門を受けるため天台山に入っていた。

長安において、空海の語学能力や格調高い文章などの評判は、文壇にも伝わっていた。空海は三カ月間インド僧からサンスクリットを学び、そして恵果(けいか)という密教界の高僧の存在を知った。

恵果はインド密教を唐に伝えた不空の一番弟子で長安一の名僧で密教界の頂点にいる。インド密教の正統を継承して阿闍梨あじゃり)と呼ばれている。

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恵果大師像

密教には、『金剛頂経』、『大日経』にもとづくふたつの思想があることがわかる。『大日経』については日本でも独学した。

空海は、サンスクリットを身につけてから恵果に教えを乞いに行くことにした。

このへんが凡人と違うところであり、三カ月でサンスクリットをマスターしたようだ。

そして恵果を青龍寺に訪ねる。

恵果は、空海の文才、語学力はむろん、学習への情熱の評判を聞いていたので、空海の来訪を待ち望んでいたのである。

そして、空海の全身から周囲を圧倒するような「気」と「機根」から、自分の新しい密教の全てを、伝授する決意をしたのである。

このとき、恵果は60歳、空海32歳である。

天才は天才を知るとは、このことだろう。

 

空海2カ月間で胎蔵・金剛両界の大法、五十種からの念誦法(ねんずほう)を伝授された。

そして空海は、大日如来の秘法を受ける儀式を受けたのである。こうして弟子を導き、その師となる僧の位、阿闍梨となった空海は、千人からいる恵果の弟子の頂点に立った。

同時に恵果の正統な後継者として新しい密教を授ける立場となったのである。

新しい密教空海に伝授し終わると恵果は魂が抜けた人のようになり、ほどなく入滅する。

享年60歳、出会いから半年の死であった。

 

やはり天才空海には、運というものを引き寄せる力が働くと感じる。

入唐を志して直ぐに2526年ぶりの遣唐使派遣があった事もそうだし、それに運よく乗船でき、そして恵果という人物に巡り会えた。これを逃すと年齢的に無理であるし、恵果とも会っていないのだ。

そして、さらに2年という短いサイクルで遣唐使船を送り込まれそれにより帰ることが出来た、そうでないと帰国が20年後かもしれなかったのだ。

 

空海が、恵果を見送ったとき、日本から遣唐使一行が明州に上陸したとの思いがけない情報がもたらされた。

空海はその帰り船に便乗して帰国しようと考えた。留学期間は20年と義務付けられていたが、すでに新しい密教の全てを伝授されている。

そして、唐の朝廷に帰国を願い出て、許可された。

空海は、経典、書物などを集め遣唐使船に便乗しわずか2年で帰国したのである。

 

こうして空海は無事筑紫に帰着し、念願の帰国を果たすのだが、入京の許可が下りず、太宰府に足止めを食らう。

20年のはずが、2年で帰国したこと、また桓武天皇が死去し、平城天皇に代わり、そのときの天皇家、朝廷の争いが空海の行く末に影を落とすのである。

 

長くなるので、次回は一足先に帰国した最澄との葛藤や高野山の話です。